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2026.02.20

ミッション車

 なんだかんだ言っても結構カラダは覚えてる

突然ですが、みなさんは車の免許を取るときオートマ車限定でしたか?マニュアル車でしたか?

昔と違って、今はほとんどの車がオートマ車なので新しく免許を取る人たちはほぼオートマでとるそうですね

筆者は最近まで知らなかったのですが、現在はマニュアル車をとろうとすると別途お金がかかるそうです(おどろき)

トラックでもオートマ車にかわってきているのですから、当然の流れなのでしょうね・・・

車の運転が苦手であんまり好きではない筆者は、一応マニュアルで免許を取りました(今は亡き祖父に当然のように言われるがまま)

おかげさまで、毎日教官に怒られ(もう30年も前の話)運転がすっかり嫌いになりました(笑)

運転免許をとったときに住んでいた場所がドがつく田舎でしたので、車が必須でしたし、祖父母の送迎をしたりもしました

社会人ともなると祖父が勝手に古~い三菱ミニカをいつも入れている整備工場で18万で買ってきて(30年前です)「コレに乗れ」と言われ、毎日通勤で駅まで使ったり、遊びに行くのに使ったりと、とにかく車を運転していました

その三菱ミニカは当時車のことがよくわからない筆者が見ても「古っっっ!!!!」というフェイスの車でしたが、祖父は、

「コレは新車で買った人がほとんど乗ってなくてずっと車庫に入れていた車だから程度がすごくいい。新品同様だ。」とかなんとか言っていたような気がします(もう記憶がおぼろ)

確か、5代目(1984年-1989年)H11A/V・H12V・H14A/V・H15A/V型 のタイプでした

まあかなりの田舎なので前乗っていた人が誰なのかもすぐわかる環境でしたから、本当にかなり程度は良かったのでしょう

今なら車検証の見方もわかるし、オイル交換の大切さや日頃のメンテナンスの意味も理解できるし、車検代の内訳もよくわかるのですが、当時の筆者はまだ二十歳の小娘

車なんて乗れればいい、じいちゃんが勝手に買ってきたダサい車、車検代とか保険料とか高すぎるし、オイル交換とか意味わからん、といったレベルでした(笑)

「車が欲しいなんて私言ってないし」くらいの勢いの生意気なこどもでした

なので、車を大切に乗るといったこともなければ、オイル交換なんて自分で一度もしたことはないし(みかねたじいちゃんがしていた)、よくガス欠寸前まで乗ったりして、本当に無知とは怖いですね(笑)

ベルトが切れて道の真ん中でとまってしまったり、バッテリーが上がってエンジンがかからなかったり、タイヤがパンクしていることにも気づかず走行し続け、えらい音を立てながら修理工場に泣きついたこともあります(ひどすぎる)

そんな筆者ですが、ミッション車に乗り続けること5年

田舎なので祖父の軽トラやセダンタイプも運転していました(飛び出してくるとしたらタヌキくらいなので)

ひょんなことで整備士と出会い、結婚に至りますが、当時筆者の田舎のミニカを見たときの整備士はプチ感激

「うおぉ!!スゲェ!!古っ!!(←嬉しい方の言い方)ミニカやん!!

なんてこともありながら大阪にきて、ミッション車に乗ることがほぼなくなった筆者ですが嫁いだ相手は車の修理工場の息子

大阪に来たばかりの頃はミッション車に乗ること自体はどうってことはありませんでしたが、実際ほとんど乗ることはありません

乗る機会があんまりないまま過ごし、最近になって代車のミッション車を動かすことがあったとき、かなり怯みました

軽トラや幌車をガレージから持ってくるときなどですね

整備士も従業員M氏もいないときにどうしても持ってこなくてはならない場面があったりして、動かすときがあります

かなり緊張しながら左足のクラッチと左手のギアチェンジ、半クラの塩梅を考えて動かします

あ・・案外イケる

人間とはえらいもんで、カラダがきちんと覚えているものですね

全然足も手もちゃんと動きます

「おお、私運転できるやん

なんて気分も上々

だがしかし、それは近距離限定、前進走行のみ

バックや、坂道発進などもってのほかです(すごい音をたてて、結局エンストします絶対)

それでも、感覚というかカラダはきちんと覚えてるもんなんだなあ、とちょっと感心しちゃいました

まあ、下手は下手なのですがね(笑)

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